社会福祉法人の不正、「信頼している」だけでは防げない理由

通帳やお金の入出金の管理を任せている担当者は、多くの法人で、長年勤めてきた信頼のおける方だと思います。ただし、信頼していることと、不正が起きるかどうかは、別の問題です。不正は、担当者の人柄よりも、チェックが働かない「機会」があるかどうかによって起こりやすくなります。信頼していることと、複数人でチェックする仕組みを持つことは、両立します。仕組みを整えておくことは、信頼している職員を「疑われる立場」に置かないための備えでもあります。
非営利組織における不正は、特別な悪意を持った人物が特殊な法人に入り込んで起こす、というより、日常の運営の延長線上で起こり得るものだと捉えた方が実態に近いと考えられます。
会計士協会の分析枠組みから考える
少し古い研究報告ですが、日本公認会計士協会は平成22年、非営利組織を対象にした「非営利組織の不正調査に関する公表事例の分析」(経営研究調査会研究報告第43号)を公表しています。社会福祉法人そのものを対象とした分析ではありませんが、この報告書が非営利組織全般について整理した枠組みは、社会福祉法人にもそのまま参考になります。報告書が示す「動機・機会・姿勢正当化」という3要因は、いわゆる「不正のトライアングル」で、公表時期にかかわらず現在でも通用する視点です。
- 動機・プレッシャー(不正を行う心理的なきっかけ)
- 機会(チェックが働かず、不正が可能な環境)
- 姿勢・正当化(倫理観や遵法精神の欠如、あるいは慣行としての正当化)
報告書が具体例として紹介している岩手県・千葉県・放射線医学総合研究所・東京医科大学の4団体では、動機・プレッシャーよりも、機会、特に姿勢・正当化に関する指摘の方が多く見られたとされています。分析対象30団体全体で見ても、姿勢・正当化に起因する不正はほとんどの事例に見受けられる顕著な特徴とされています(発生要因そのものを公表資料に記述していない団体も12あります)。特別な悪意よりも、チェックの空白と、慣行としての慣れの方が、不正を生む土壌になりやすいという指摘です。
不正発覚の発端は7つに類型化されています。
- 会計検査院や議会等からの指摘
- マスコミ報道
- 外部からの通報
- 内部監査等による発見
- 後任人事に伴う調査
- 日常取引からの発見
- 内部からの通報や自主申告
発覚経緯を公表している19団体のうち、内部監査等による発見、後任人事に伴う調査、日常取引からの発見は、それぞれわずか1団体ずつにとどまり、最も多かったのは会計検査院など外部調査からの指摘でした(残り11団体は発覚経緯そのものを公表していません)。
経営陣に求められる視点
この2つの枠組みを踏まえると、経営陣が講じられる対策は、大きく2方向に整理できます。いずれも、職員を疑うためではなく、信頼している職員を「疑われる立場」に置かないための備えとして捉えることができます。
「機会」をなくす
- 現金・預金の管理を、特定の一人に長期間任せきりにしない
- 通帳・印鑑の管理者と、実際に入出金を記帳する担当者を分ける
- 現金・預金の残高を、担当者以外の目でも定期的に確認する仕組みを持つ
「姿勢・正当化」をさせない
- 「昔からこうしている」という慣行を、定期的に見直す機会を設ける
- 経理規程と実際の運用に乖離がないか、担当者任せにせず経営陣自身も定期的に目を通す
- 内部通報の仕組みがあることを、形だけでなく実際に周知し、機能させる
いずれも、これまでのシリーズでお伝えしてきた「仕組み化」という考え方の延長線上にあります。不正への備えは、特別な監視体制を新設することではなく、日常の運営フローの中に、機会をなくし、正当化させない仕組みを組み込んでおくことに尽きると考えられます。
なお、理事長という最上位者自身が関わる意図的な不正については、現金管理の仕組みよりも、前回(ガバナンス編)で取り上げた評議員会・理事会における特別利害関係の確認や、監事の同意手続といった機関決定のチェックが、より直接的な備えになります。
今日、確認していただきたいこと
一つだけ、今すぐ確認できることをご提案します。
現金・預金の管理――口座からの引き出し、記帳、残高の確認という一連の業務が、特定の一人だけで完結してしまっていないか、確認してみてください。
一人で完結できる状態は、本人の善意に関わらず、外部からのチェックが働きにくい「機会」そのものです。複数人での確認や定期的な担当者の交代が組み込まれているかどうかを見直すだけで、備えは大きく変わります。これは担当者を疑うための確認ではなく、信頼している職員を、余計な疑いから守るための確認でもあります。
当事務所では、こうした不正防止に対応し得るガバナンス体制及び会計業務フローの構築について、法人の実情に応じた支援を行っております。
出典:日本公認会計士協会「経営研究調査会研究報告第43号 非営利組織の不正調査に関する公表事例の分析」(平成22年8月31日)

コメント